私は大学を選ぶ時に神戸を選ばなかった。

何か親しみ難い感じが・・・

異国。

で・・大学は京都を選んだ。

大阪は・・・絶対に嫌だった。

「ぶぶでもおあがり」・・・と言われると。

「とっとと帰れ」

だ・・・そうなのだが・・・大阪と違いキツク聞こえない京都弁。

大阪弁はキツクて嫌だった。

其れと京都の町は学生と家族連れ・・老人達が目立っていたからだ。

何と無く安心。

京都は当時はそういう印象を持っていた。

が・・夏の或る日、窓を開けていた女子寮に若い男性が侵入したのだ。

大パニックが起きた。

其れからは夏の日でも全室窓を閉めるように成ってしまった。

2階でも、3階でもだ・・・

其の当時は扇風機だけ。

生き地獄とは・・・・

夏の京都は暑さが半端じゃないのだ。

と・・・話は変わり・・

神戸は大学に行ってから休みの日に度々、電車で遊びに行くように成った。

阪急電車の特急に乗り・・・一人で行く事が多かったな。

異人館や・・須磨等・・・

でも・・・何か違和感が・・・

そうそう・・御影の喫茶店に入った時は宝塚の男役さん達が数人入ってきて驚いた事が有った。

私は固まって直ぐに喫茶店を出てしまった覚えが有る。

本当に男装の麗人だったので驚いたせいだった。

其の時も喫茶店に一人で入っていた。

私は大学時代の友人達とも一緒に行動する事も多かったが、時々は一人でぶらりと奈良や滋賀、神戸、大阪に行く事も有ったのだ。

一人で喫茶店に入り外を行き交う人々を見るのが大好きだった。

見ているだけで何時間も喫茶店にいる事が多かった。

で・・大阪では人間ウォッチングが出来ないのだ。

神戸でも同様。

私が人間ウォッチング出来る喫茶店は京都にしか無かったのだ。

お気に入りの喫茶店。

が・・この間、友人と訪れた時は其の喫茶店は無くなっていた。

意気消沈。

そうそう・・神戸も・・・今の神戸より学生時代の神戸の方が良かったなあ・・

歴史の感じられる建物があの当時は残っていたからだろう。

離婚してから彼と神戸にルミナリエを数回見に行ったが・・・神戸らしさが・・何と無く・・・

阪神大震災は神戸の歴史を消し去ってしまったのか・・・と。

まあ・・京都も・・四条・・三条・・・本当に昔と景観が変わってしまったなと。

しかし・・・阪神大震災の時は大阪に居たが・・本当に揺れは酷かった。

仕事場も当日の状態は酷かったので仕事に成らなかったっけ・・

ルミナリエ・・阪神大震災を思い出す。

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